33.
「義人は信仰によって生きる。」(ローマ1:17)
洗礼を受けてもなお、心のなかに罪が残るのはどうしたことか!洗礼によってすべての内
なる罪は消え去ってしまうのではなかったのか!これは、キリスト教信仰、あるいは洗礼というものを正しく理解していなかった私が陥った誤りである。これに正しい解答を与えてくれたのが、上にあげた御言葉である。その意味は、「人は信仰によってのみ、神に義と認められる」ということである。つまり、信仰によって、人が義となる、ということではなく、罪あるまま神に義と認められるということである。私は今もなお罪人である。しかし私は、罪ゆるされた罪人なのである。(Y.M)